バタフライ効果　(杉原領事に助けられたホロコースト生存者の話） 先日、コネティカット州、グリニッチにある日本人学校で杉原千畝領事に助けられたシルビア・スモーラーさんという方の講演会がありました。杉原領事は周知のように第２次世界大戦中、リトアニアで日本通過を許可するヴィザを発行してユダヤ人をホロコーストから救った方です。（杉原領事とリトアニア） 今回の講演の対象は小学校４年生から８年生までの生徒たち（８年生は日本では中学２年生。３年生の生徒は高校受験のため１月に卒業しています）でしたが、７５歳の現在もニューヨークのアルバート・アインシュタイン大学で理学科主任教授として活躍しておられるスモーラーさんは、子供たちにもよくわかるようにたくさんの写真を使って物慣れた態度でホロコーストの背景やご自分の一家がどのようにして領事に発行してもらったヴィザでニューヨークまで逃れたかなどを話されました。 スモーラーさんが日本人学校で杉原領事に助けられたいきさつについてお話をされることになったきっかけは８年生の修学旅行の一環として行われたワシントンＤＣのホロコースト・ミュージアム訪問です。ここでホロコーストの悲惨な実態に触れて衝撃を受けた生徒たちはどうしてこのようなことが起こり得たかを知るためにこの難しく重いテーマを今年度の学習発表に選んだのです。そこで様々な本やコンピュータなどを使ってホロコーストやその背景を学んでいくうちにユダヤ人救済に関わった勇気ある日本人、杉原領事のことを学びます。そして領事についてより深く調べていくうちに今度は、領事によってホロコーストを生き延びた人の話を聞きたいという思いにかられるようになります。 杉原領事の偉業については、私も以前未亡人を訪問したときのことや（杉原幸子さんを訪問して）領事に助けられた方にインタビューしたときの記事（杉原領事に助けられてホロコーストを生き延びたユダヤ人）をホームページにも載せていることなどから、学習指導教師の藤井聖先生に生存者へのコンタクトの方法などについて問い合わせをいただきました。そこで岐阜県八百津町にある杉原記念館のことをお伝えしたのですが、スモーラーさんはそちらからの紹介で学校にお呼びすることが可能となったようです。 スモーラーさんの講演は、まずホロコーストの背景となったナチスについて、それから１９３９年のドイツのポーランド侵略に始まる一家の悲惨な逃避行、領事のヴィザを手にソ連を経由して敦賀へむかい１９４１年にニューヨークへたどり着くまでの長い道のり、最後には個人としてこの歴史をどう生かしていくかという形ですすめられました。 私は講演の話を伺ったとき、内容が小学生には少し難しいのではないかと懸念したのですが講演の前に三つのグループに分かれて調査をすすめた８年生（総勢１５名）が、それぞれ「ナチスの台頭から破滅までの道」、「ホロコーストの実際」、「ユダヤ人救済にかかわった杉原領事」というテーマでパワーポイントを使ったプレゼンテーションや寸劇などで学習発表をしていて、子供たちにある程度の予備知識を与えていたことが話しの内容をよく理解させるのに役立ったようです。実際にはとても暗い内容にかかわらず、杉原領事の勇気ある行動の話や、身近ないじめ等につながる分かりやすい話をされたことなどもあってみんな身じろぎもしないという感じで熱心に聞き入っていたのが非常に印象的でした。 スモーラーさんは講演のタイトルを「バタフライ効果：杉原領事の決断」とされていました。一匹の蝶が羽ばたきをすることで動く回りの空気は最終的には世界中の気候に大きな変化をもたらすという意味だそうです。これからも生まれ続けるその人たちの家族をいれると杉原領事が助けた人の数はこれからもどんどん増え続け、その意味で領事の一瞬の決断は何世代にも及ぶ「バタフライ効果」をもたらしているわけです。 私は講演の後日、この重いテーマを学習発表に選んだ生徒たちにその感動を伝えたかったこと、彼らがこの学習で最終的に何を学んだかを直接聞きたたいという思いもあり藤井先生にお願いしてみんなで話しあう機会を持たせていただきました。生徒たちは口々にこれまで何も知らずにいた「ホロコースト」について学んだことで、偏見の恐ろしさを知り、わが身を危険にさらしてまで他者を救った杉原領事の勇気に感動したこと、日本人として領事に誇りを思うと同時に自分たちも例え小さな行いであっても「バタフライ効果」につながるような勇気を一人ひとりが持たなくてはならないと思ったなどと話していました。 杉原領事の勇気ある行動が生徒たちに確実なインパクトを与えたことが実感され、それを何らかの形で自分のものにしたいとする彼らの真摯な姿勢に心の中で喝采しながら家路についたものでした。 Top 　　ユダヤ歳時記