Scarsdale
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日本人学校とユダヤ人学校     2008年春


Japanese school and Jewish schoolグリニッチに所在するニューヨーク日本人学校が昨年(2006年)の秋、ウェストチェスター・フェアフィールド・ヒーブル・アカデミー(WFHA)という全日制のユダヤ人学校に売却されました。その後日本人学校はこれまで自分たちで所有していた学校をテナントとしてWFHAから借りうけ同校と校舎を共有する形で運営されています。


校舎の売却にあたっては生徒数減少などの現状を鑑みてそれをやむを得ずとするニューヨーク教育審議会(学校運営の母体組織)と子供たちのためにそれを阻止すべきとするPTAの間で話し合いがつかず、訴訟にまで及んだことはニューヨーク周辺の日系新聞でその成り行きが報道されていましたのでお読みになった方もおいでのことでしょう。

結果的に校舎は売却されたのですが、そこに至るまでのいきさつの中で第三者としてとても気になることがありました。それはPTAの売却反対がそれを推進する審議会にむけられていたのに関わらず、たまたま売却相手となったユダヤ人学校に「交渉が難航しているのは日本人サイドに反ユダヤの人たちがいるため」という印象を与えてしまう一面があったらしいことです。そのことはグリニッチの地方新聞である「グリニッチ・タイムズ」が「偏見が学校の売買交渉を滞らせている」というタイトルで記事にしたことで公に知られる所となりました。内容は相手校の弁護士が審議会会長にあてた「日本人学校がユダヤ人学校に校舎を売りたくないのは反ユダヤ主義的発想の人たちが多いため」という手紙と、それに対する日本側の「日本人は反ユダヤ主義者ではない。交渉が遅れていることとそれとは全く別問題」とする反論が主旨になっていました。同じような反論はこの記事のあとすぐ地域の日本人からも出されましたが、日本人コミュニティにとって自分たちの偏見が疑われるという寝耳に水のような記事に驚き、心を痛めた人たちは少なくなかったようです。

その後私はたまたま知り合いだったユダヤ人学校父兄の方の何人かに電話をいただきましたが、残念なことに日本サイドの反論に関わらずその人たちは「日本人に反ユダヤ主義の人が多い」とする弁護士の談話を疑っていませんでした。私は個人的には「イスラエルと親しいユダヤ人学校と共有するとテロの対象となる危険性がある」などとある意味偏見とも取られかねない言い方でこの学校への売却を心配している人がおられることは知っていましたが、公の場所で記事に書かれていたほどはっきりと反ユダヤ的な発言をする日本人がいるとは(発言だけでなくそうした考えを持っている人たちが多くいるとは)とても思えなかったのでその旨を伝えました。それでも私には彼らの憂慮がよく分かりました。ユダヤ系の人たちはその歴史的背景から偏見に対して非常に敏感ですが、日本人の反ユダヤ的な考えに対してはそれを疑う下地が既に別のところで作られていたのではないかと思われたからです。

そこで私はニューヨーク・タイムズなどが取り上げて問題になった日本における反ユダヤ本の氾濫当時を思い出しました。アメリカの「日本叩き」が華々しかった頃で、これに呼応するように日本で「アメリカはユダヤ資本によってコントロールされている」とか「日本叩きはユダヤのせい」などとする本が多量に出版されたのです。この時はユダヤのコミュニティで取りざたされただけではなく、事態を重くみたアメリカの議員が日本の首相あてにこうした本のもたらす危険性について書簡で伝えたりしました。当時の様子は私にもとても気になることだったので、自分の住んでいるスカースデールの住民に対して、「遠い日本にあってしたり顔でお互いの偏見を煽るような記事を書き続ける作家に対しては隣人である日本人と交流を深め、等身大の自分たちを知らしめることでその誤りを正そう」と地方新聞で提唱したことがあります。(dry up pens of bigotry) 

同時にニューヨーク周辺の日本の新聞では「日本の一部の作家たちによって自分たちまでが誤解されている面があることを理解し、隣人との交流でその誤解をなくそう」などとする記事を書きました。
(日本人の反ユダヤ思想について考える

ホロコーストを否定する記事を載せた文芸春秋社の「マルコポーロ」という月刊誌が廃刊に追い込まれた時も同じようにそのニュースはこちらのユダヤ人コミュニティで話題となりました。その時も日本で出版されるこうした虚偽にみちた本が自分たちの知らないところで日本人全体を誤解させてしまう面があるとして私も新聞などで出版社の配慮を促し、読者には他者を無神経に誹謗するこうした出版物に対しては買わないことで批判的姿勢を示していただくようなど投稿したこともあります。(文芸春秋社、「マルコポーロ」廃刊に思う
平和運動に水さす日本の反ユダヤ主義的作家たち)

それから数年後には今度は「小学館」が発行している週刊誌、「週間ポスト」が「長銀『われらが血税5兆円』を食うユダヤ資本人脈ついに掴(つかんだ」と題する記事を出してまたこちらのユダヤ人コミュニティで問題になりました。そのときもロスアンゼルスに本部をおくユダヤ人人権擁護団体「サイモン・ウィーゼンタール・センター」が「長銀買収の裏にユダヤ金融資本の陰謀があった」とするこうした反ユダヤの間違った情報はホロコーストを正当化するためにヒットラーによって使われたとして同誌への広告掲載を中止するよう要請しています。この時は最終的に「ポスト」の謝罪で廃刊には至りませんでしたが、日本では日本語で書いている限り外には漏れないという神話でもあるのか、平気で他者を誹謗する記事があとをたたないのがとても気になりました。日本の出版社は今や世界中に日本語をちゃんと読みこなせる外国人が少なくなくなっていることを認識するべきではないのかとつくづく思ったものです。大学で日本語を教えていると学生たちの日本語習得の早さに驚くことも多いのでその思いは特に近年ますます強くなっています。

今回の記事は「ユダヤ人学校が日本人の反ユダヤ主義を問題にするのは、それが相手の弁護士の「手」でそのことで日本サイドにプレッシャーをかけたいのだ。」とする日本人学校PTAの一員である一人のアメリカ人父親の談話も紹介していました。実際の所、記事は具体的に誰がどんな形の発言をしたのかは明らかにしていませんでしたが、証拠がないのに相手を「人種偏見主義者」として非難するのは、反対に「名誉毀損」として訴えられかねませんので弁護士が意図的にそんなことをするかなという訝しさもあり、どこかで感情の行き違いによる誤解が生まれたのではないかと懸念されました。そしてそれが誤解であったとしたら、(或いは前述の父兄の言うように「意図的」に作られた非難だったとしたら)その背景に日本におけるこれまでの反ユダヤ出版物のニュースがある面でユダヤ人社会に偏った日本人観を植え付け、そうした反ユダヤ的発言をさもありなんと疑わせる下地になっていたのではないかとあらためて考えさせられたものです。

幾多の変遷を得て校舎共有となった日本人学校とユダヤ人学校ですが、このことは結果的に何かの本で、或いは人に聞いて知らない間に植えつけられているかも知れないお互いの偏見を取り除く絶好の機会が与えられたことになりました。伝統を誇り、教育を重んじるユダヤと日本の二つの文化が第3者の目を通した「偏見」なしにお互いに交流し、学び合えるとしたらそれこそ他に類をみないユニークな教育の場が作られていくのではないかと言う気がしています。

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